手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

今日は節分。博國屋のホームページが大きく変わりました!

博國屋を創業して15年。ホームページを作ってからこれまで2度その内容を大きく変えてきました。今回のホームページ改編の特徴は従来のお墓建立という価値観の変化が進み、新しい葬法(納骨方法)である博國屋から始まった手元供養、樹木葬、散骨、永代供養墓など、 日本の葬送は、実際、大きく変わってきています。

今、ユーザーが求める納骨法をよりわかりやすく具体的に提示しています。
もちろん、博國屋が作り続けています「本物」の手元供養品についてもわかりやすく紹介しています。

訪ねてきて頂ければ幸いです。
http://www.hirokuniya.jp/index.html

2017/02/03
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今年1年 ありがとうございました。

博國屋 新カタログ表紙
博國屋は、今年8月8日で15年目を迎えることができました。感謝感謝です。
創業15年を機に「博國屋手元供養品総合カタログ」を制作いたしました。
何とか年内に完成いたしましたので、ご披露します。
カタログ表紙は、書道家園家文苑氏にかいていただきました。
今後、博國屋の企業ロゴとなります。
「偲(しのぶ)」という文字を心書で表現しています。
手元供養の「力」の本質は、かけがえのない故人と残された人との間の相互の心の交流です。
この心書では、手元供養となった故人が家族を見守り、また、家族が故人を偲ぶ姿を表しています。

博國屋創業時は、手元供養ジャンルと思えるものは、年間3,000人程度の人達が共鳴購入していました。
15年経った今、5万人の人が手元供養をするようになったと思われます。
大きく普及が進んだと云えますが、一方、126万人が亡くなる多死社会のわずか4%弱です。
手元供養は、グリーフケアとお墓の替りという2つの効用が実証されています。
従来の供養との違いを指摘すると、それは「建前」「世間体」「見栄」とは心情を異にする点ではないかと考えています。

お金をかけないでも、故人に感謝し、偲ぶ。それが手元供養です。

博國屋は、NPO手元供養協会活動と共に、2017年更に多くの人に手元供養を知ってもらう努力を続けていこうと思っています。

ご期待下さい!!

博國屋店主(NPO手元供養協会 会長) 山崎譲二拝 

沖縄のお墓(本部・瀬底島)

40年振りの沖縄。学生時代鹿児島港から1万トンの船に乗って返還直後の沖縄に行きました。その頃の沖縄は、まだ車は右側通行でした。今のような高層ビルやハイウェィもモノレールもなく、那覇都心部も赤瓦に白の漆喰屋根が多く、スカイラインが低くのどかな街だったのを覚えています。南端 糸満市から名護市、本部半島をレンタカーで。
その風景の様変わりに驚きの2泊3日の旅でした。変わらないのは、白い砂浜に海の美しさと優しい沖縄人の人柄、そこでのゆったりとした時間。
手元供養や樹木葬など葬送の仕事に関わって、沖縄のお墓が本土のものと大きく違う事は知っていましたが、天国のような美しい海辺、瀬底島でそれを見つけました。写真を取りましたので、海辺と合わせて見て下さい。

博國屋創業15周年を迎えました。

納骨ペンダント小町
   おかげさまで、京都博國屋は開業15周年!                                 --京都博國屋は28年8月8日(月)に開業15周年を迎えます--

15周年を記念して、京都や天然素材にこだわった「小町シリーズ」を発売開始いたします。文字色

博國屋

あれから もう 5年。

中外日報記事
今日、中外日報に勤めている友人からメールが届きました。

3月はじめに一週間かけ被災地を回ってきたとのこと。
あちこちで聞いた共通の思いは、「5年? 節目なんかじゃないよ。
苦しみはずっと続いたままです。」
ということだったそうです。


大震災以降、ブログ苦手な私も毎年3月11日に思いを書いてきました。
今年は気が重く書けないまま、悩んでいたらメールが届き、今、パソコンに向かっています。
震災間もない20011年6月、復旧基地だった遠野で被災者の方たちのお役に立てばと「いのち
の話と祈りのコンサート」を手元供養協会主催でおこない、個人としても5月から12月まで
「いのちのドングリプロジェクト」を興し、612個のドングリを被災者家族にお届けしました。
深く関わってきた思いがあります。
あれから5年。
「自分事(ごと)でない」  被災者への思いの希薄に直面しています。
人はどんな理不尽な状況に置かれても、結局、自分で克服するしかないのでは、と思うのです。
昔からそうやって生きてきた。自然相手では。
被災者に対して、個人的な助け合うことの大切さや、やさしさは失ってはならない。
しかし、それが他力である政府や組織に向けられると自立の妨げになりかねないと思っています。
自立の妨げは、心の問題であり 「被害者意識」に他なりません。
小さな私には、不屈の希望と粘り強さを願うのみです。

いつものように6月11日の朝も、神棚に向かい「東日本大震災の被災者、ご遺族のうえに今日も
いっぱい良いことがありますよう!」と祈った。
そして、これからの1年も、この祈りを続けようと心に決めました。

プロフィール

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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