手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

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千葉の佐倉にある国立歴史民俗博物館に山田慎也准教授を訪ねて

山田准教授と
6月27日、山田准教授の務める歴博を訪ねました。山田さんと初めて会ったのは6年ほど前になります。
京都の博國屋を訪ねて来られて手元供養の話をしました。
その後、2年ほどして歴博の第4展示場 現代における民族文化の展開と持続の諸相の紹介の「おそれと祈り」コーナーで、博國屋の手元供養品を買上げ展示したいとの連絡をいただきました。

それから4年。初めて歴博を訪ね山田さんと手元供養や私が現在進めている樹木葬の話で盛り上がり気がついたら4時間近くになっていました。

山田さんは最近、人口が減ってお寺も荒廃している過疎地のお墓の現状を調査し、これからどうなっていくのか?と深く憂慮されていました。今日本は多死社会の中で人々の葬儀や供養への向きあい方が大きく変わってきていて注目していると仰っていました。
閉館間近になり、展示館を案内して頂き久しぶりに博國屋から送り出した地蔵やかぐや姫などの手元供養と再会しました。

日本の現代の供養文化である手元供養を代表する手元供養品として歴博展示品に選ばれたことに感謝し、頑張ってくれよとお別れを言って京都に帰ってきました。山手線日暮里から成田空港行の特急に乗れば1時間で着くので、次回訪れる折は、1日掛けじっくり全館を見て回りたいと思っています。

山田さん、そして同席されてたスタッフの皆さんありがとうございました。


※国立歴史民俗博物館は、大学共同利用機関(学会を先導する研究機関)として全国の大学や研究者と一緒に研究を行い、また研究者を育てています。東の歴博、西の民博(大阪)と人類学や歴史、民俗学の2大拠点で多くの貴重な収蔵品を持ち展示館を通じて情報発信をしています。
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沢木耕太郎著「春に散る」

私の好きな作家、沢木耕太郎が初めて手掛けた小説です。年齢が近いせいか、人生晩秋のしみじみと感じるものがありました。
彼の本に出会ったのは、古い話で私が30代前半じゃないかと思いますが、青春時代のユーラシア大陸をバスを乗り継いでゆく紀行記が「深夜特急」というタイトルで、香港からインド、中東を経てポルトガル(大西洋)に至る日々が丁寧に書かれていて夢中になって読んだ記憶があります。
世界への関心は小田実の「なんでも見てやろう」に触発され、学生時代から海外旅行に行きましたが、小田実とは違い沢木のナイーブな感性や人の生き方について随分影響を受けたと思います。
沢木はこの本の中で、元ボクサーの主人公広岡が死期の予感を感じアメリカでの豊かな生活を捨て、生きていた自分(青春)を確認するため日本に帰り、かけがえのない青春時代の仲間とともに次世代の若者に命(夢)をつなぎ死んでいくという話でした。

50を過ぎた頃から生かされている自分に目覚め、両親やお世話になった人達への感謝を自然に思うようになりました。そして、今回のこの本は、「命をつなぐ」がテーマだったと思います。これからの私のレーゾンデートルは、これに尽きるのかと思わせる本に出会えたことに感謝です。

博國屋の手元供養品が命をつなぐお役に立てば幸いなのですが・・・。

今日は節分。博國屋のホームページが大きく変わりました!

博國屋を創業して15年。ホームページを作ってからこれまで2度その内容を大きく変えてきました。今回のホームページ改編の特徴は従来のお墓建立という価値観の変化が進み、新しい葬法(納骨方法)である博國屋から始まった手元供養、樹木葬、散骨、永代供養墓など、 日本の葬送は、実際、大きく変わってきています。

今、ユーザーが求める納骨法をよりわかりやすく具体的に提示しています。
もちろん、博國屋が作り続けています「本物」の手元供養品についてもわかりやすく紹介しています。

訪ねてきて頂ければ幸いです。
http://www.hirokuniya.jp/index.html

2017/02/03

今年1年 ありがとうございました。

博國屋 新カタログ表紙
博國屋は、今年8月8日で15年目を迎えることができました。感謝感謝です。
創業15年を機に「博國屋手元供養品総合カタログ」を制作いたしました。
何とか年内に完成いたしましたので、ご披露します。
カタログ表紙は、書道家園家文苑氏にかいていただきました。
今後、博國屋の企業ロゴとなります。
「偲(しのぶ)」という文字を心書で表現しています。
手元供養の「力」の本質は、かけがえのない故人と残された人との間の相互の心の交流です。
この心書では、手元供養となった故人が家族を見守り、また、家族が故人を偲ぶ姿を表しています。

博國屋創業時は、手元供養ジャンルと思えるものは、年間3,000人程度の人達が共鳴購入していました。
15年経った今、5万人の人が手元供養をするようになったと思われます。
大きく普及が進んだと云えますが、一方、126万人が亡くなる多死社会のわずか4%弱です。
手元供養は、グリーフケアとお墓の替りという2つの効用が実証されています。
従来の供養との違いを指摘すると、それは「建前」「世間体」「見栄」とは心情を異にする点ではないかと考えています。

お金をかけないでも、故人に感謝し、偲ぶ。それが手元供養です。

博國屋は、NPO手元供養協会活動と共に、2017年更に多くの人に手元供養を知ってもらう努力を続けていこうと思っています。

ご期待下さい!!

博國屋店主(NPO手元供養協会 会長) 山崎譲二拝 

沖縄のお墓(本部・瀬底島)

40年振りの沖縄。学生時代鹿児島港から1万トンの船に乗って返還直後の沖縄に行きました。その頃の沖縄は、まだ車は右側通行でした。今のような高層ビルやハイウェィもモノレールもなく、那覇都心部も赤瓦に白の漆喰屋根が多く、スカイラインが低くのどかな街だったのを覚えています。南端 糸満市から名護市、本部半島をレンタカーで。
その風景の様変わりに驚きの2泊3日の旅でした。変わらないのは、白い砂浜に海の美しさと優しい沖縄人の人柄、そこでのゆったりとした時間。
手元供養や樹木葬など葬送の仕事に関わって、沖縄のお墓が本土のものと大きく違う事は知っていましたが、天国のような美しい海辺、瀬底島でそれを見つけました。写真を取りましたので、海辺と合わせて見て下さい。

プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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