手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

沢木耕太郎著「春に散る」

私の好きな作家、沢木耕太郎が初めて手掛けた小説です。年齢が近いせいか、人生晩秋のしみじみと感じるものがありました。
彼の本に出会ったのは、古い話で私が30代前半じゃないかと思いますが、青春時代のユーラシア大陸をバスを乗り継いでゆく紀行記が「深夜特急」というタイトルで、香港からインド、中東を経てポルトガル(大西洋)に至る日々が丁寧に書かれていて夢中になって読んだ記憶があります。
世界への関心は小田実の「なんでも見てやろう」に触発され、学生時代から海外旅行に行きましたが、小田実とは違い沢木のナイーブな感性や人の生き方について随分影響を受けたと思います。
沢木はこの本の中で、元ボクサーの主人公広岡が死期の予感を感じアメリカでの豊かな生活を捨て、生きていた自分(青春)を確認するため日本に帰り、かけがえのない青春時代の仲間とともに次世代の若者に命(夢)をつなぎ死んでいくという話でした。

50を過ぎた頃から生かされている自分に目覚め、両親やお世話になった人達への感謝を自然に思うようになりました。そして、今回のこの本は、「命をつなぐ」がテーマだったと思います。これからの私のレーゾンデートルは、これに尽きるのかと思わせる本に出会えたことに感謝です。

博國屋の手元供養品が命をつなぐお役に立てば幸いなのですが・・・。
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今年1年 ありがとうございました。

博國屋 新カタログ表紙
博國屋は、今年8月8日で15年目を迎えることができました。感謝感謝です。
創業15年を機に「博國屋手元供養品総合カタログ」を制作いたしました。
何とか年内に完成いたしましたので、ご披露します。
カタログ表紙は、書道家園家文苑氏にかいていただきました。
今後、博國屋の企業ロゴとなります。
「偲(しのぶ)」という文字を心書で表現しています。
手元供養の「力」の本質は、かけがえのない故人と残された人との間の相互の心の交流です。
この心書では、手元供養となった故人が家族を見守り、また、家族が故人を偲ぶ姿を表しています。

博國屋創業時は、手元供養ジャンルと思えるものは、年間3,000人程度の人達が共鳴購入していました。
15年経った今、5万人の人が手元供養をするようになったと思われます。
大きく普及が進んだと云えますが、一方、126万人が亡くなる多死社会のわずか4%弱です。
手元供養は、グリーフケアとお墓の替りという2つの効用が実証されています。
従来の供養との違いを指摘すると、それは「建前」「世間体」「見栄」とは心情を異にする点ではないかと考えています。

お金をかけないでも、故人に感謝し、偲ぶ。それが手元供養です。

博國屋は、NPO手元供養協会活動と共に、2017年更に多くの人に手元供養を知ってもらう努力を続けていこうと思っています。

ご期待下さい!!

博國屋店主(NPO手元供養協会 会長) 山崎譲二拝 

愛煙家の独り言


「自分らしい葬送を考える企画展」第12回手元供養展in京都の講演者の一人、中村仁一医師は長年終末医療に携わってきた。

独自の死生観を持つ中村先生は、12年間「自分の死を考える集い」を主宰している。
企画展に参加した知り合いの文化系シンクタンクの所長を訪ねたとき、中村先生の講演の話になり、癌は最期まで頭がはっきりしていて認知症より幸せな最期を迎えられるという話に強い刺激を受けたそうだ。

そういえば、解剖学者の養老猛司氏からあまり大きい声でいえないが愛煙は認知症に効果があるようだ。という話を聞いたことがある。愛煙家が癌での死亡率が高いという話は聞くが短命と言う話は聞かないね。ということになり、

愛煙家の私は「それは、いい話だ!タバコを吸って癌になって死のう!」と言っていたら、一緒にいた主任研究員が「そういえば、昔、多田道太郎先生が、世界で最も平和を愛するアメリカインディアンの発明したタバコが悪うはずはない!」と言っていたね。

と言う話も加わり、ここのところ愛煙家、小氷河期の社会論調に対し久しぶりに愉快、愉快でシンクタンク研究所をあとにしました。

そういえば、79歳肝臓癌で亡くなった父、肺癌が見つかり83歳で亡くなった母は、ふたりとも大の愛煙家で、病床についてからもベットを抜け出して、うまそうにタバコを吸っていた姿を思い出します。もちろん最期まで頭はしっりしていました。

事務所に帰り、手元供養となった両親の地蔵さんの前に供えられたマイルドセブンに目をやり思わずニャっとしてしまいました。

昨日は、休暇をもらい京都紅葉散歩をしてきました。今日の一枚は、大徳寺の塔頭の一つ高桐院お気に入りの紅葉の庭です。午後からは高雄 神護寺に登り色づくいろはカエデのグラデーションを楽しんできました。休養と充電完了です。




081113高桐院kei

博國屋開業6周年を迎えます

今日、8月8日で有限会社博國屋は6回目の誕生日を迎えます。
博國屋最初の手元供養品「おもいで碑」の試作開始から試行錯誤を繰り返した1年を含めると7年が経ちました。

まちづくりの企画事務所を経営しながら、父への思いから手元供養を考えるに至り、多くの友や仲間にそして家族に支えられた7年でした。心から感謝・感謝です。


博國屋からお届けした手元供養品も3千人を超える人の許で、日々供養の対象となっています。感謝のお手紙やハガキも100通を超えこの仕事に携える喜びに感謝しています。
昨年夏には、ご縁をいただいた詳伝社から新書「手元供養のすすめ」を出すことができました。今日も、大津からこの本を読んだという女性が訪ねてきて、たいへん参考になったとお地蔵さんを購入され帰られました。


仲間と一緒につくったNPO手元供養協会もこの6月で3年。手元供養という新しい日本の供養文化の啓蒙のため、この3年間で「手元供養展」6回、「自分らしい葬送を考える企画展」5回を開催し、全国11都市延べ2,880人の来場者に感謝され喜んでいただいています。

このような活動を通じて多くのマスコミや、全国の葬送を考える市民団体、日本人の死生観・供養観を考える研究者の賛同、共鳴、評価を得、多くの市民にも新聞やテレビ、雑誌、ミニコミ誌、団体機関紙、葬儀本、思想専門書でも取りあげられ「手元供養」も多くの人に知られるようになりました。有り難いことです。


10日程前、博國屋の手元供養品をご購入いただいた方からのメールで
「貴社の供養品に対するお考えに賛同いたします。 いつしか供養が宗教者の主導権の元に置かれてしまっていたようですが、 亡き人を偲ぶ行為はそもそも個人のものだったはずです。 宗教者やお墓制度からの脱却、原点回帰の風潮あるのだと思っています。墓地に対する考えも変化してゆくことでしょう。死生観、宗教観、価値観が墓石文化が根付いた明治期より大きく変わってきています。手元供養にかぎらず、散骨や樹木葬など選択肢の幅が求められることと思っています。」というものでした。


以前、朝日新聞の「天声人語」で、
「都会では、お墓や仏壇が縁遠くなりつつある。 死者をしのぶ行為は本来、すぐれて 個人の心の問題だ。しきたりや世間体を離れ、簡素でも自分に正直に、 気が済むようにすればいいとも思う。」という文とともに手元供養が紹介されましたが、この手元供養品の購入者が全く同じ思考をしていることにびっくりしました。


博國屋も、今日、ワインで乾杯し苦労の6年間を思い出しながら開業7年目第1日目を祝うと同時にスタッフ一同で更なる発展を誓いました。

今夜、家族で故郷松山に帰ります。母の散骨と想い出の島で 海に遊び、翌日は船釣りを楽しむ予定です。
出発前、子どものようにワクワクしています。では、また。

梅雨も明けたかな?

松風の落葉か水の音涼し (芭蕉)


数年前まで、京都は祇園さんの宵山あたりに大雨、雷がとどろき劇的に梅雨が明けたものです。

今年の天気は異常。これも世に言う地球温暖化現象なのでしょうか?

2、3日前から、夏日がつづき、京都独特のうだる暑さに雨が恋しくなります。

夏もこれからだというのに、寝づらい夜のせいで眠りが浅く夢ばかりみています。

少しでも涼しくと星野道夫の写真集を引っ張りだしてホッキョクグマやカリブーの
棲むアラスカの自然の中に入りしばし心を遊ばせています。

もう一つの暑さ対策は、出勤を車からバイクに変え朝夕通る道すがら青々と育って
いく早苗のじゅうたんや夏の花・花を楽しんでいます。

アガパンサスごぞんじですか?アフリカ原産青紫色のユリ科の花です。
昨年整備された通勤途中の浄水場脇の遊歩道に数箇所植えられていて
、気になっていました。
伸びやかで、清楚ですがすがしい花です。携帯で写真をパチリ。
やっと正体が分かりました。とても愉快・愉快。

冷酒も含めてですが、水ものの恋しい季節となりました。

禍福はあざなえる縄の如し。
母の死から1ヶ月。家族に慶事あり。


写真はなぞの花「アガパンサス」別名ムラサキクンシランムラサキクンシラン








プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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