手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

関東の斎場でも部分拾骨お願いできるそうです。

人生何回火葬場に行くのでしょう。


私は、今まで両親や身内を見送るため6,7度、火葬場に行きました。

そして、ほんとうに最後のお別れとなる炉前で、柩の中の顔を見ながら心の中で「ありがとう」「さようなら」と、お別れの言葉を伝えます。
成仏してくださいと瞼を強く閉じると、生前の想い出がどっと押し寄せ、泣くまいとの思っているのに涙が溢れでます。いつもそうです。


2月16日「火葬研」主催の見学会で埼玉上尾の「斎場(火葬場)」を見学してきました。映画「おくりびと」の撮影現場となった酒田市葬祭場を設計した火葬研の代表八木澤壯一先生も来られていました。


「おくりびと」で銭湯の女主人吉行和子に思いを寄せる笹野高史さん扮する火葬場の職員が火葬される吉行を炉の裏の子窓から覗きながら、「死んだ人は門に入って行くんですね。だから我々も門に入ればまた会えるんですね」とつぶやきます。あきらめきれないながらも納得したような平田正吉の顔が何とも印象的でした。


そして、はじめて実際に日々使われている炉の裏の子窓から炉の中を見ました。自分と重ね合わせ、いろんな思いが沸き起こりました。見学会のあと予定していた生まれたばかりの孫に会いに行かず八木澤先生と渋谷で一杯となりました。酒の力を借り、心をほだした後、初対面の孫の可愛くいじらしかったこと。
「命」について深く思った1日でした。


私は、電話取材も含め確認し著書「手元供養のすすめ」の中でもフォッサマグナ以東の火葬場では、全骨拾骨と書きましたが、今回見学した上尾の斎場では事前に依頼すれば部分拾骨も可能とわかりました。近所の斎場でも同様の対応をしているとか・・。部分拾骨が当たり前の関西出身住民の人からの依頼が多くそういうことにしているとか。

「誤りを正すに、はばかることなかれ!」関東の皆さん!少なくとも埼玉上尾地区では部分拾骨可能です。希望者は斎場に葬儀社を通じ事前に申し入れましょう。直前でも斎場売店で小さな骨壷を手当てできるそうです。

できれば手元供養で・・・。大切な人が亡くなっても、あなたの側できっとあなたを見守ってくれているはずです。



上尾の斎場の炉前

最後のお別れ斎場炉前
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中村三郎著「お墓なんて、いらない」に寄せて

東京出張から帰ってきたらアマゾンに注文していた本が届いていました。

中村三郎著「お墓なんて、いらない」リュウブックス・アステ新書

今日、一気に読みました。

時代を直視した彼の「お墓」に対する評価や論旨は明快で、全体を通してブレがなく非常に分かりやすい本でした。

彼は「亡妻を本山納骨と併せ手元供養で弔っている」、と「はじめに」の文章の中で述べていました。

事、お墓以外の選択の希望は、周りから世間体やしきたりに反するとの意見が出がちで、実行できないことが多いものです。が、彼はそれを実践していました。

その上での「お墓なんて、いらない」の本です。説得力が違いますね。同志を得たようでうれしくなりました。

それにしても、この著者中村三郎と言う人物。筆者紹介欄でフリージャーナリストで放送作家としても活躍していると書かれていましたが、この本を読んだ印象から私と同じ団塊の世代かな?と、しかし、どうも背景がよく見えない。気になってネット検索で調べてみると、新潟県上越市生まれ。明治大学卒業ということまでは分かったのですが肝心の年齢が分からない。名前もペンネームかどうかも。(こちらの方は、どうでもいいのですが)

価値観や思考?も重なるところが多く、というよりも殆どいっしょで、学園闘争華やかかりし昭和44年当時、同じ御茶ノ水にいたのではないかと空想してしまうほどでした。(もっとも、偶然今回の出張で母校・日大理工学部の改築された校舎に立ち寄り、学生時代を懐かしく思い出していたからかも知れませんが・・。)

参考文献として読んでいただいたようですが、私が3年前に書いた「手元供養のすすめ」では、手元供養はグリーフケアとお墓の代わりになると二つの効用を論じましたが、この本では“お墓の代わり”の効用に焦点をあて手元供養を語っています。

今年前半は、島田さんの著書「お葬式は要らない」が話題となり、高齢者の悩みとして葬儀のトレンド「家族葬」や「直葬」がマスコミに大きく取り上げられました。
葬儀社や返礼品業界は、その煽りで葬儀単価の下落や返礼品の数が極端に減り苦労しているとよく聞きます。

そして、今年の夏頃から「お墓」に関連した本が多数出版されるようになりました。そう、この本と同じ「お墓は要らない」をテーマとした本です。来年あたりから本格的に墓石屋さん苦難の時代となりそうです。全国の墓石屋さん!日本の伝統文化を守るために頑張ってください!私は個人的にはお墓文化は好きです。

しかし、お葬式セミナーや博國屋に相談に来られる人の悩みで最も深刻なのが「お墓の悩み」です。理由は、お墓の継ぎ手がいない。もう一つが子どもに負担をかけたくない。です。

最近、伝統的なしきたりやマナー中心の葬送本の編集者から改訂や新刊の発行にあわせ手元供養を載せたいとの話を受けるようになりました。いい、悪いでなく、そこに世相の反映をみます。

瞬間風速の葬儀と異なり、お墓の問題は宗教宗派・お寺さんとの付合い、「イエ」や結婚した両家のこと、子どもたちの将来の問題、そして多額な費用などそれぞれ複雑な問題を抱え、対応次第で一度決めてしまうとそれ以降長く尾を引くことだけに一筋縄ではいきません。

この本の中で、中村三郎さんが手元供養と本山納骨に決めた理由を妻や子どもたちの賛同もあるが、シンプルで分かりやすく そして安かった。と述べています。

私はこの言葉に、“装飾や虚飾”を全て削ぎ落とし“芯 (本質)”を表現したブランクーシの代表作 「鳥」の飛翔の彫刻を思いだしました。

葬儀も同じだと思いますが、お墓のことで言えば、この“装飾・虚飾”は世間体や見栄ではないか・・?
“芯”は、大切な人を亡くした遺族にとって、心から「故人を偲び感謝するこころ」ではないか?・・と。

そもそもお墓の役割には、3つの要素があると考えています。
1つは、手を合わせ故人を偲び感謝と心の会話をする「心のよりどころ」。
2つ目は残された遺族にとって故人の「生きてきた証」として。
そして3つ目は、「遺骨の安置場所」としての役割。この3つに尽きるのではないでしょうか?

と、考えれば、この3つのお墓の役割はすべて「手元供養」で果たせます。

そして最後に、生きている人が誰も行ったことのない「彼岸」での故人の”安寧への祈り”を本山納骨というカタチで弔う。まさに現代人 中村三郎さんの結論。ではなかったのでしょうか?


読まれてない方には、是非買って読むことをお薦めしたい1冊です。



現代のお墓 京都博國屋『地蔵団欒セット』 これで肩の荷の半分は下ります。

手元供養セットkei

手元供養の生前準備

先々週、博國屋のホームページで『お地蔵さんの裏面メッセージは、購入者が筆やマジックで書けますよ』とお知らせしたところ、先週、さっそく60代前半の2組のご夫婦からおもいで碑「赤地蔵と地蔵」「赤地蔵と黒地蔵」のご注文を頂いた。
2組とも没年月日は、細字マジックで書くので空欄にしておいて欲しいとのご要望でした。

私もそうですが、50代に入ってからふとした時に体力の衰えや健康への自信に揺らぎを感じるようになりました。同年代の、友人知人や先輩の突然の訃報に接する機会も増えるせいか自然と自分の「死」が身近なものに成っていくように感じられます。「いつ死ぬことになるかもしれない」といった不安ではなく諦観みたいなものでしょうか?


博國屋には、お墓の悩みの相談が毎日のようにあります。
「子どもに負担を掛けたくない」「自分らしく逝きたいと思っています」
みなさんに共通するキーワードです。

高橋繁行著「お墓は、要らない」(学研新書)の中で、「不思議に思うのは、自分が死んだ後、だれに供養されたいか真剣に考えた人ほど、墓は要らないという結論に達することが多いと感じられることである。」と書かれていますが、手元供養品の生前購入をされる方もそのような人たちなのでしょうか?

最近、マスコミ等でお墓についての費用比較がよく掲載されるようになりました。
曰く、
①新設お墓  墓石購入費用174万(全国平均)。これに永代使用料が加わる。
②海洋散骨  散骨代行5万 船をチャーターしての散骨で約30万
③樹木葬   里山型で50万、都市型で13万5千円~40万/1霊(代表的な樹木葬地)
④永代供養  納骨堂、ロッカー型で25万~100万程度
そして、
⑤手元供養  博國屋の地蔵さんで69,700円(西日本では、火葬場で手元供養分だけの拾骨が可能)

世知辛くなったのでしょうか?それとも、死生観、供養観の変化がそうさせるのでしょうか?
いずれにしても、「昨日まで 人のことかと 思いしが おれが死ぬのか それはたまらん」蜀山人
世の男性諸君!その日が来て慌てないよう 台風が残暑を吹き飛ばし、さわやかな秋の夜長をまってお互い じっくり思案しましょう。

今年は、父母の3回忌と7回忌。この夏は松山に帰り、ご先祖の墓参り、父母散骨場所での黙祷の後、賑やかなことが好きだった父母を偲び、兄妹・孫・曾孫総勢12人で思い出のイタリアンレストランでおおいに飲みおおいに食べた。

今日は、生きていれば母の85回目の誕生日。
いつものタバコに加えコーヒーとルマンドを供えた。


生前購入の夫婦用団欒セット

夫婦用団欒セット

読売テレビ「最新のお墓事情」に出演しました。

8月17日の読売テレビ「朝生ワイド す・またん!」に博國屋が紹介され私も久しぶりにテレビに出演しました。2時間半の撮影で、放映は3分程度でしたが、今回はディレクターが『お墓』にテーマを絞ってのレポートだったため、手元供養のもう一つの効用であるグリーフ・ケアの説明は省かれ、『お墓の替わり』が主に紹介されました。


それにしても、今回の読売テレビSチーフディレクターの番組制作への取り組みには感心しました。関連資料の読み込み、ポイントを抑えたシナリオとメッセージ、熱心で妥協を許さないカメラマンの仕事、などなど。民放テレビでの番組制作???と思っていましたが、NHK並みいやそれ以上でした。
手元供養は、私が言うのもなんですが奥が深く社会性も高いテーマなので、真剣に取り組んでもらえ感謝・感謝でした。ヨクを言えばあと3分あれば更によかったのですが・・・。



しかし、反響はすぐ現れ、「私はお墓は要らないと考えていた。手元供養をしたい。どうすればいいか教えてほしい」  「維持費のかかるお墓から遺骨を取り出し手元供養としたい。どうすればいいか?」
「手元供養の生前購入をして子供たちに負担を掛けたくない。」    「2人の子供が娘なので、墓ではなく手元供養したい。」   「家にある主人の骨壷を手元供養にし、墓を作りたくない。あとのお骨をどう始末すればいいか教えてほしい。」   「田舎のお墓に入っている両親の骨壷を手元供養にし、残りを散骨にしたいが具体的にどうしたらいいか教えてほしい。」などなど。
関西一円から、ほんとうにたくさんの電話がかかってきました。今日も。

今日は、「数年前、両親のお墓を兄と一緒に釈然としないまま場所を決め墓を建てたが、本当に苦労した。いったい墓とは何か?私は墓を持ちたいとは思わない。テレビを見て、手元供養で子供に残そうと心に決めた。今の時代、高いお金を出して、子供に迷惑掛け墓を作る時代ではない!墓を残すよりお金を残してやりたい!」と団塊世代の女性。



十分、見る人はいたということでしょうか?

Sディレクターさん!あなたの努力は報われましたよ!

私も、感謝・感謝です。





明日から1週間遅れの盆(?)夏期休暇。母の3回忌と、小さい頃、今は亡き両親と家族で楽しんだ松山沖での船釣りを、一世代若い家族で楽しんで(懐かしんで)きます。



今、村井幸三著書「お坊さんが隠す お寺の話」新潮新書を読んでいます。島田さんの「お葬式は要らない」の雑駁な内容と違い今お寺がおかれている状況が解るとてもいい本です。興味のある方は、お暇なときお読みすることをお勧めします。


京都に住むようになって25年。記憶にない猛暑が続いています。みなさんお身体ご自愛下さい。


テレビで紹介された博國屋手元供養の室内墓。

お地蔵さんの「団欒セット」8万円


手元供養の室内墓

お墓は、要らない。

7月23日学研新書から高橋繁行著「お墓は、要らない」が発売された。

4月14日、高橋さんが博國屋に取材に来ました。高橋さんは1954年生まれで私より5歳若い。
はじめ、ルポライタ―という肩書きに??とおもったけど話してみると、葬送研究者として深い知識を持っていて、ライフワークとして近畿圏の古い風習の野辺送りの葬列や古い集落墳の調査など、ちょっと変な人だけど研究テーマに取り組む姿勢に好感を覚え気がついたら2時間余り話しこんでいました。

古い野辺の苔むした墓の風景が好きな高橋さん。時代の必然を読み解きながら、多くの取材を通して、彼なりの頭の整理・醗酵させ、生み出されたのがこの「お墓は、要らない」なのでしょう。

それにしても、送られてきた本の第1章の頭で私の名前が登場したのには驚きました。しかも、10ページを割いて。
彼なりの、この本タイトルの一つの結論、典型(モデルケース)として掲載されたのか・・・?
正しくもあり、正しくもなし・・。自分のことを、人が語る、文章は複雑な気持ちである。

最近話題となった島田さんの「お葬式は、要らない」そして、一条さんの「葬式は必要」。

そして今回高橋さんの「お墓は要らない」次には「お墓は必要」となるのだろうか?

日本の葬送が大きく変わってきている。深く考えず、お墓に200万をかけようとしていた貴方の意識が、この700円の新書を読むことで大きく変わるかもしれない。



明日は、酷暑の京都を抜け出し息子のお嫁さんのご両親と涼しい(?)はずの六甲山の山荘に行く。秀吉が愛した有馬の湯も久しぶり。
それにしても、親譲りの温泉好き。血は間違いなく私へそして子供たちへ繋がっているようだ。




私の元気の源

譲二の手元供養
プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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