手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

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ゴールデンウイーク北村敏泰著「苦縁」を読みましょう!

春眠暁を覚えず。
怠惰遊蕩のわが身を鞭打ち
ひさびさブログに向っています。

先週、18日友人の北村敏泰さんの「苦縁」(徳間書店)の出版記念パーティに行ってきました。

東日本の3.11以降何度も足を運び、自然の暴挙に対し理不尽な状況に置かれた被災者に宗教者は、
何ができるのか?何をしてきたのか?どうあるべきか?を、ていねいな取材をとおして、禁欲な
までに言葉を絞り、自分の思いを押し殺し、淡々と書き綴っています。
未来に残したい、いや残る労作です。

宗教者として、いや、そのまえに人間として「行く!」「人間として関わる!」の大切さを改めて
訴えていると思いました。
悲嘆の中にいる人に高邁な説法は何の役にも立たない。
一部の宗教者にとって耳の痛いアジテーションの本でもあります。

被災地にとって、怖い「風化」「風聞」 

「自性清浄心」
人の心の本性はあくまでも清らかで美しい。はずです・・・。

目に見えないものこそ大切。すべては心から始まるから。

3.11を忘れないでいようと思った1日でした。



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誤解を恐れず緊急メッセージ! 手元供養で癒しと心の支えを!

誤解を恐れず緊急メッセージ!
火葬された遺骨は少しでも持ち帰りましょう!
手元供養で癒しと心の支えを!

今朝のニュースで、今日から身元不明者の土葬が始まるそうです。それぞれにそれぞれの人生があったはずです。愛する人も・・・。哀しすぎます。
東北関東大地震や大津波で、大切な家族を亡くされた方、その周りの人に呼びかけます!


火葬ののち、49日を過ぎても気が済むまで墓に納骨する必要はないということ。

東北地方の火葬場は全骨拾骨する風習がありますが、お骨は全て持ち帰る必要はない!

ご遺骨やご遺髪など故人を偲ぶモノを傍に置いておくことはグリーフケアに大きな力となります!


供養は誰のためにあるか!

生きている人のためにあると思う。

それも、心が弱っている時はなおさらです。

気が済むまで、そばにおいて故人を偲び、心の支えに!


1.今回の東北関東大地震や津波で被災し、大切な家族や全財産を失った人も沢山いらっしゃいます。
被災者は皆、悲しみの後、明日の生活に大きな不安を抱え、夜も欝々として眠られない状況にある人も多いことでしょう。私も、16年前の阪神大震災で人生を狂わされ大きな変化を余儀なくされた一人です。

遺族の周りの人に申し上げたい。そんな心の弱っている人に、「火葬ののち、49日が過ぎたら墓に納骨しなければならない!」と言うような言葉は慎みましょう!!気が済むまでそばにおいてあげればいいのです。
こんな時、平時の世間の常識、しかも心ではなく形式やしきたりにこだわる必要はない!
と私は言いたい!

2.お骨は全て持ち帰る必要はありません。故人への思いはすぐれて心の問題だと思います!
実際、関西は部分拾骨が基本で直径6cmくらいの小さな骨壷に入るだけ拾骨する人も沢山います。関東や東北地方では、全骨拾骨が通常で嵩の張る20cm程の骨壷を持ち帰ることとなるらしい。
しかし、このような状態で大きな骨壷は、家墓がない場合お墓の新設で心の負担をさらに重くする可能性があります。(最近、関東でも部分拾骨を受け付けるところも出てきています。今は非常時です。火葬場で職員さんにお願いしてみましょう)

亡くなった故人の全骨でなくても、遺骨の一部であっても間違いなく故人でありその象徴なのです。
人は、死によって実態のあるものから抽象的なものへと変っていきなす。お骨の一部であっても大切な故人として祀り感謝と安寧を願うことは出来ます。私はそれで充分だと思います。

言いたいことは、一部であってもお骨は大切な故人の偲びの対象となります!
私は、少しでもいいからお骨を火葬場から持ち帰ることを大声で勧めたい。心の負担にならない一かけらでいいから!

3.手元供養を提唱し阪神大震災の傷跡も残る7年前、葬送業界の常識、世間の常識の壁と戦っていた頃、コープ神戸の葬祭部門の担当者と会う機会がありました。当時は手元供養という言葉は知られていませんでしたが、多くの被災組合員の家族から遺骨の収まる供養の対象はないかと相談を受けていたという話をお聞きしました。被災者から手元供養が必要とされていたのだと思った事があります。

博國屋で、手元供養を始めて9年になります。今までに約5千人の許に手元供養品をお届けしています。

手元供養されてる方から
「心の支えとなっています」
「毎日、話しかけ心が安らいでいます」
「故人がそばに居てくれているようで寂しくありません」

といった言葉を数多く頂いています。

手元供養にはそれだけの力があります!


今回の災害で天寿をまっとうできず、あなたの大切な人を失ったご遺族に申し上げます。あなたの傍にひとかけらでもいいからご遺骨を。きっと故人があなたを守ってくれます。

あなたには、生きる希望を!亡くなった人の分まで幸せを!そして長生きをしていただきたい!
切に切に願っています。みんな、みんな応援しています。

                           
                                        平成23年3月21日
                                       博國屋店主 山崎 譲二


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宗教の呪縛か思いやりの喪失か?

4月13日、朝日新聞夕刊ニッポン人脈記『弔い縁ありて』に、「手元にいつもあなたが」という タイトルで俳優の穂積隆信さんと私が紹介された。
取材した星野記者の文章を読んで、改めて思ったことがある。それは、大切な人を亡くした者にとって、その人は死んでいないと言うことだ。
一緒に過ごしたたくさんの思い出。帰省の度に見せてくれたほんとにうれしそうな顔、顔、顔。
「よく帰ってきたね」その声がいまも耳に残っている。私にとって絶対の愛で包んでくれた両親は、確かに生きている!理屈ではないのだ。

博國屋の会社名も住所も記載されていないのに、新聞社やネットで調べて30通を超えるメールや電話がかかってきた。旦那さんを亡くした初老の女性、妻を亡くした老人、子どもを亡くした母親などなど。
それぞれ事情がちがうが共通しているのは、大切な、かけがえのない人を失って悲しみにくれている人達であることだ。
亡くなってからすでに1年以上たつひとも多い。

16日、61歳の千葉の女性からお電話いただいた。
『主人が亡くなって1年になります。親戚から「遺骨を早く墓に納めなさい」と、くり返し言われ続けてきたが、さみしくて骨壷を手元から手放せない。親戚の人から言われるたびに胸が締め付けられるように苦しくて・・・。』
記事を読んで、私の思いと一緒だと。ほんとうにうれしかった。私も手元供養したいので資料を早急に送って下さい。」

そして今日、山科から1年前大黒柱の夫を亡くした40代の女性が博國屋を訪ねて来た。
千葉の女性と全く同じ 周りから納骨を責められ、苦悩の中で偶然手元供養を知った。残された一人娘を育てながら、平日は仕事で来れないと休みの今日、恐縮しながら来られた。

もう1年も経ってるのに・・・。話しながら熱い思いがこみあげるのか 幾度も涙をぬぐっていた。
手元供養品を手に、これで主人が買ったお墓に納められるとほっとした顔で帰られた。

いつも側にいてやさしく語り合った人が、ある日突然いなくなる。こころにぽっかり大きな穴が開く。
側にいて欲しい。この寂寥感、心細さ、悲しみは当事者じゃなければ分からない。


そんな悲しみの中にいる人に、「いつまでも遺骨を家に置いておいちゃあ だめだ!早くお墓に入れなさい!」

こんな、理不尽な思いやりのない言葉を投げかける親戚筋!

本来なら、悲嘆にくれる遺族に対し心の安らぎに与える役割のはずの住職達!

そんなことなら、しきたりや宗教はいらない!

話しを聞きながら怒りと哀しみに震えた。

まちには、白やピンクの花水木が咲きサツキもつぼみをほころばせ、藤棚にもうす紫の花が風に揺られている。春だ。


こんなにもか弱く、けなげでやさしい女性に温かな言葉と労わりを掛けてあげられないのだろうか?

彼女にも、あたたかな春がきますよう。





逆縁(ぎゃくえん)

今日も京都は雨。
天候不順に三寒四温が重なり、暖のいる一日のはじまり。

私の通勤路に好んで通る道がある。両側に田んぼが広がる2キロほどの道だ。春は菜の花、5月の連休頃は田植えされたばかりの早苗、夏には稲がぐんぐん育ち緑の絨毯に、秋は稲穂が黄金色の実をつける。そして冬は刈り取られ地肌となる。
そう、毎年、毎日、季節の移ろいを感じさせてくれる大好きな道だ。


この田んぼ道の中ほど、電信柱の下にネスカフェの瓶にいつも花が添えられている。いつからか思い出せないほど、もう何年も前から。

私は毎日この花を見て心が引き締まり亡き母を思う。

何時来てるのか花を替えている姿を見たことはないが、寒い冬も暑い夏の日にも1年中 菊の花が絶えることはない。きっとこの花はお母さんがこの電柱に衝突し亡くなった息子の霊を慰めるために毎月命日に供えているのだと思えてならない。月ごとに花を換えに訪れる母の胸に去来するものは・・・。胸塞がれる。

親より先に逝く(順番が違うということで『逆縁』と言う)ほどの親不孝はない。



博國屋にも、逆縁の親ごさんが手元供養をもとめによく訪れる。

お話ししていると思い出すのか、こみ上げるものがあり言葉に詰まる。「この世に子どもを亡くすほどの悲しみはない」と、何かで読んだ記憶があるがそうなんだろう。と、つくづく思う。



田んぼ道に花を供えるお母さんも、手元供養となって帰ってきた子どもに会えればどれほど慰められたか?
手元供養の力は大きい!教えてあげたい!と、雨の中、今日もまた思った出社でした。






今日の写真は、1ヶ月前に撮ったその供養花。

お供えの花

手元供養品はあたたかな心をつなぐ商品であってほしい

博國屋が手元供養品を世に送り出して8年と5ヶ月になります。

先日、同じ頃手元供養品を送り出した代表者2人と一緒に飲む機会がありました。
今でこそ「手元供養」は現代用語辞典にも載り新しい日本の供養文化として紹介されていますが、当時は手元供養が海のものとも山のものとも解らない時代で、その頃の悪戦苦闘や噴飯ものの懐かしい話しに花が咲きました。


そのうち、一人がぽつんと「最近、情熱が冷めてきた」
どうした?とたずねると、自分はこれまで利用者へ思いを込め商品開発をしてきたつもりだが、最近お骨を入れる機能を持っただけの工業製品やローコスト重視の商品が手元供養品と称して類似品も含め大量に出回るようになり、競合も一段と激しくなってきた。知らず知らずその風潮に巻き込まれている自分に気がつき面白くなくなった。と言うのだ。
彼は今、永代供養を願う人とお寺を結ぶ手元供養を新しい情熱の対象として模索している。

世の中目先の利いた人が、これは商売になると思うとどっと出てくる。仕方のないことだと思う。
私は、たくさんの手元供養品が生まれることで手元供養が広がると期待もしている。
そのために、あえて「手元供養」を商標登録しなかったのだ。
しかし、手元供養品は手元供養という文化の背景を理解して作ってもらいたいと切に思っている。
なぜなら、手元供養品は単なる商品ではなく心を繋ぐ商品であるべきだから・・・。


拙著「手元供養のすすめ」本にも書いたが、
『手元供養は故人の成仏を願う気持ちだけでなく、遺された人たちにとっても、故人に感謝し、偲ぶことで、故人のぬくもりを感じ、それにより癒され元気をもらう“心の拠り所”として存在する。
逝く人と残された者。供養の対象を求める人は百貨店や専門店で洋服を買うような訳にはいかない。それは、かけがえのない人に向き合う対象だから。
手元供養品を求める人の中には、長い時間をかけ、心の整理をした上で来られる方もいる。
故人そのものであるお骨を対象とする手元供養品はその人の身代わりとなり、逆の言い方をすれば、その人の身代わりが欲しくて手元供養品を購入するのだ。』


手元供養品は、売買される商品である以上、手元供養品メーカーは切磋琢磨しユーザーのニーズに的確に応えることが求められる。
博國屋の手元供養品は全て長い時間を掛け試作を繰り返し完成したものばかりです。
デザインばかりでなく根竹や天然の銘木、陶器・磁器など素材にもこだわり製作していただく匠にもこだわった品ばかりです。ですから、博國屋の手元供養品はオリジナル性が高く類似品がありません。


帰りの電車の中で、私を含め博國屋は営業経験のない者ばかりで、お商売も下手だが実直に「あったかい心をつなぐ手元供養品をおくりだす」を社是としており、この思いを大切にこれからも研鑽し進んで行こうと決意を新たにした。
やさしさと品質で選べば博國屋!と言っていただけるようこれからもがんばります。

当時六甲アイランドに勤務し人の世の無常を感じた阪神大震災を忘れないため、15年目の2日前に神戸を訪れ当時を思い出しながら長い時間歩きました。
今日の写真は、その時訪れた「メモリアルアートの大野屋三ノ宮店」美人でやさしい店長藤原さんです。

人はやさしさにふれるとホッとします。


藤原店長
プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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