手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

名古屋企画展報告と手元供養の意味

4月7日土曜日、191人の熱心な来場者を迎え盛況の内に名古屋企画展終了しました。3日間と企画展としては最も短い開催でしたが、テレビ愛知や昼、夜2回ニュース放映の東海テレビ、そして東海ラジオで放送されたこともあり、岐阜県白川郷から早朝バスで来られた方など遠方からも沢山の人が来て熱心に手元供養品を見たり散骨や樹木葬などについて熱心に質問されていました。
名古屋といえば、盛大な冠婚葬祭で有名な土地柄ですが、ご相談受けた内容はここでも同じお墓の無縁化への不安と、子どもに面倒を掛けたくない親の供養の選択(散骨と手元供養)、逆縁(子どもの早世)の手元供養の相談でした。お寺さんとの結びつきの強い名古屋でも少子化など時代の潮流と無関係ではないということでしょうか。


期間中、朝日や読売の記者から取材を受け、今の時代の供養のあり方について意見交換しましたが、曹洞宗系の愛知学院大学の先生やカソリック系の南山大学の院生も来られ「手元供養」の今日的意味や役割についても議論する機会となり、改めて今の時代の遺骨崇拝と「手元供養」について考えることができました。
先般も龍谷大学の先生が博國屋を訪ねて来られましたが、手元供養は現代の死者祭祀や遺骨崇拝文化の学問対象になってきたようです。

そういえば、春秋社出版の哲学書「思想の身体」シリーズの「死の巻」でも手元供養が登場します。

この機会に、ちょっと難しく、長い文章になってしまいますがその一部をご紹介します。時間と興味のある方はご覧下さい。

この本の中で、学習院大学の中村生雄先生はこのように述べている。、「オブジェ(手元供養品)を自宅の生活空間のなかに置くことによって、死者の居場所を墓や納骨堂といった従来の宗教的な空間から、生者の生活空間へと取り戻す試みであると言っていいだろう。
(中略)
そこでは、従来の遺骨が帯びていた宗教的もしくは霊的な意味を消去し、それを私的でパーソナルなメモリアリズム(追憶主義)の素材に置き換えようとする意図が明瞭に存在している。

要するに、いまや死者の遺骨や遺灰は、葬と供養といった旧来の霊的・宗教的行為に属するのではなく、生者が死者を記憶し想像するメモリアリズムという目的のために利用され応用される新しいアイテムとなったのである。

霊的・宗教的な意味を失った故人の遺骨や遺灰は、その故人を想起し記憶するための象徴物であり、あえて言えば用具なのである。

また、それが象徴物であり用具である以上、墓地や納骨堂という特別の場所にそれを隔離しておく必要はなく、生者の日常的な生活空間のなかで共存できるのは当然のことなのである。」


また、
「現代日本人にとって墓地や仏壇といった葬送と死者祭祀の形式は永久不変のものであると思われてきたのであった。

そればかりか、そのような墓地と位牌による先祖祭祀儀礼を執行する専門的職能者は寺院僧侶であったから、死者の遺骨・遺灰をとりあつかう排他的な権限が僧侶にあるという思い込みも、意外なほど根強く残っているのだ。

僧侶という特別の職能者にゆだねることなく、いわば素人にすぎない身内のものだけで故人の遺骨・遺灰の扱いを決めてしまうことについて、平均的な日本人の多くは少なからず躊躇し、それが許されることなのかどうか不安に思うのである。

しかし、旧来の慣習にたいするそのような無意識のとらわれが、いっぽうで大きく崩れつつあることもまちがいない。

ほかでもなく、以上のような手元供養の急速な普及現象そのものが、その変化をはっきりとしめしているだろう。」

と述べています。


この文章では、「手元供養」を生者と死者の新しい関係、葬送と死者祭祀の形式としてのお墓や位牌に代わるものとして深く考察されており、ここまで深く考えないで、父への感謝で始めた「手元供養」の私自身の深層心理をあらためて教わり整理していただいた気がしました。

日頃、沢山の利用者と接しています私としては、手元供養品のもう一つの大きい使われ方(中村先生が前段で触れられている部分に関連すると思いますが)をあえて申し上げたいと思います。

それは、逆縁や長年連れ添った連れあいを失った人達に共通する「お骨(故人)を手放せない」人達の利用です。
「手元供養」が、かけがえのない人を失った人達にとって、グリーフケアとして生きがいや心の支え、励ましの対象・効用となっている点です。

いずれにしても、手元供養は宗教にとらわれることなく広くかつ自由な使われ方にその特徴があるとおもっています。




手元供養展名古屋






博國屋手元供養品

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筑紫哲也のニュースセンター23を見て

昨日、筑紫哲也のニュースセンター23見ましたか?「最近の葬儀業界」の特集でした。
小谷みどりさんのコメントにもありましたが、昨今葬儀の在りようも大きく変化してきているようです。お金が少々かかっても自分らしい葬儀を求める人と、社会的な行事ではなく家族の行事として、経済的にこじんまりとおこなう葬儀に2分されてくると言う話。
共通するのは、しきたりや慣習に縛られない生活者主体の葬儀の選択に向かっているという点。

驚いたのは、東京の四代続く町の葬儀社の若い社長の話。今月は12の葬儀をしたが、内11は葬儀のない火葬だけだった。一件8万余りだと給料もでない。東京ではこのような葬儀(直葬)は、3割と聞いてたのでびっくり!
この葬儀社は、或いはこの月は、特別だと思うが、それにしてもオドロキの話でした。

葬儀にお金を掛けないで、子どもにお金を残す。或いは人生楽しむ費用に回す。このように考える人が増えているのか?

遺族のための癒しの会「日だまり会」も紹介されていた。グリーフケアが必要な人は多い。業界最大手、公益社がおこなっている遺族支援の活動だ。拍手したい。


明日からNPO手元供養協会主催で「手元供養展in名古屋」を開催。
テレビや新聞の取材も予定され、すでに新聞等でイベント告知もされ沢山の来場者がありそうだ。

朝6時起きはきついけど、中部・東海の人にも手元供養を知っていただけるいい機会なのでがんばってきます。


今日の京都は寒の戻り底冷えの1日でした。


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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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