手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

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一心寺お彼岸風景

久しぶりに一心寺に参拝してきました。
地下鉄天王寺駅からゆるい坂道を四天王寺、一心寺へ向かう人の波に身をゆだね露店の店をのぞきながら・・・。
その日は9月22日のお彼岸、おじいちゃん、おばあちゃんと夫婦、孫たちが仲良く歩いている姿は、これぞ変らない日本の風景。歳時記。

春分、秋分の昼と夜の長さが同じで真西に日が沈む。この前後3日間がお彼岸とされているようです。仏教では西方に浄土があるとされ日没の方向に手を合わせ浄土へ行けますようになのですね。それにしても、家族での墓参風景 いいですね。
そういえば、今日は中秋の名月(十五夜)このような、素敵な歳時記のある日本に生まれて感謝・感謝です。
桂離宮前の中村軒でおはぎを買って早めに上がることにします。西の空に雲がないので満月が観れそう。

今日の写真は、お彼岸でにぎわう一心寺納骨堂
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毎日放送ラジオに出演

昨日は、大阪駅北側にある毎日放送(MBS)で「ノムラでノムラだ!」番組のノムラの◎に出演しました。安部総理が辞任との驚きの報道が飛び込み下のテレビスタジオでは急遽の特番。放送局全体があわただしい雰囲気でした。
今回のご縁は、私の書いた「手元供養のすすめ」を野村パーソナリティが読まれ、共鳴していただきお彼岸も近いということで出演依頼をいただきました。
野村さんはあたたかな人柄で、相方の谷口きよこさんも自分のこととしても興味があるということもあり、話もスムーズに進みあっという間の20分でした。
帰りぎわキヨピーにアルファーステーションで、いつもよく聞いていること、博國屋スタッフみんなファンであることを告げバイバイしました。
NHK以来のラジオ出演が安部ショックの日となり、2007年9月12日は、私にとって思い出深い1日となりました。

スタジオで私の携帯カメラでパチリ。ピントが甘く残念!

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’07手元供養展in東京 盛会のうちに終了

3月に準備を始めた'07手元供養展in東京。NPOや僧侶、リーディング企業など10団体の協力協賛を得て8月28~30日の3日間、渋谷駅新南口駅前の久我屋ビルの会議室で開催され大きな共感を得る中で無事終了しました。

NPO手元供養協会の企画展でも始めての日替わりフォーラムでは、初日だけ取ってみても葬送評論家の碑文谷氏の基調講演に始まり、優れもののパネラー、コーディネーターから生前準備から葬儀相談、葬儀の実際が、ためになる最新情報から生情報盛りだくさんで語られ、司会席にいた私も思わず身を乗り出す貴重な話が沢山聞け、多くの来場者共々、脳細胞に大いに刺激を頂きました。
遠く、北海道や九州から参加した来場者も満足して帰られた姿が印象的でした。
NHKや新聞各紙の記者の他、フランス政府の葬送文化の研究者も来られ熱心に最新の葬送事情や手元供養を取材していただきました。どんな形で発表されるか楽しみです。
話の中身はこのブログを通じ少しづつご紹介する予定です。

中身の濃い3日間の企画展と、4夜連続のコミュニケーションと称する日々、お酒の入る懇談会の連続で、ヘロヘロとなり、週末は京都西郊外にある仁左衛門温泉の露天風呂に半日過ごし、昨日あたりからやっと復活しました。(酒はもうこりごり)
企画展なか日の夜は、拙著「手元供養のすすめ」出版記念パーティを友人の佐藤利明、中村良三両氏が幹事となり高田馬場で開いてくれました。
21年間勤務したセゾンのディベロッパー会社(西洋環境開発)の当時の社長や先輩同僚、街づくり研究会の仲間など20人が集う愉快で芳醇な夜を堪能しました。感謝感謝。

さっき「手元供養のすすめ」で検索したら、なんと、まあ アマゾン「供養の部」で売れ筋ランキング1位となっていました。嬉しいうれしい驚き! 

今夜の酒も旨そうです。(こりない博國屋店主です。)


今日の写真は、手元供養展の様子3様。


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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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