手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

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哲学の道

12月5日。北海道から知人が京都に来た。南禅寺の塔中に寄ったあと、紅葉の終わる哲学の道を久しぶりに歩いた。

 春は桜、秋は紅葉の名所として知られる「哲学の道」は、哲学者の西田幾多郎が思策に耽りながら歩いたという逸話から名前が付けられた。永観堂の北にある若王子神社から銀閣寺まで、東山三十六峰の麓を北へ流れる琵琶湖疎水沿いの小道で、春は桜、秋は紅葉でにぎわう。

10年以上も前の6月も初めのころ、友人達と祇園で飲んでいて「最近哲学の道で蛍が飛んでいるそうだ。」というので、酔狂にもタクシーを飛ばしふるえながら蛍をさがしたことがある。真っ暗な小道を30分ほど歩きやっと2匹の蛍を発見しワンカップ酒で祝杯を挙げた。40代の青春。
京都はこのような奇行を誘発するミステリアスに満ちている。

紅葉の華、葉の小さなイロハカエデ(別名高尾カエデ)の「カエデ」は、「カエル(蛙)の手」からきているという。

今日の写真は、哲学の道で最も美しかったカエデをパチリ。




哲学の道
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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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