手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

母の日に思う

母は、大正14年9月1日(丑年)生まれ。私は昭和24年11月3日生まれだから母24歳の時生まれたことになる。
父は豊満な女性が好きだったといっていたが、結婚前の若い母の写真を見てなるほどと思ったことがある。
私が後期のルノアールが好きなのもロスコーが好きなのも、ふんわりした茫洋とした母性にあこがれるのも父の遺伝かも知れない。
幼い頃の記憶にある母は、細い体躯で朝から晩まで休みなくいそがしく働いていた姿だ。
両親とも仕事にいそがしく、毎年、唯一の家族行事は、夏休みにお得意さん接待で四、五艘の漁船を貸し切り、一艘は家族船で魚釣りを楽しんだことだろうか・・。
船釣りは、早朝、スイカや桃、飲物を積み込み、港を出航し1時間ぐらいで無人島近くの魚場で昼近くまでカサゴやベラ、トラハゼ、ウマヅラハギなど雑魚釣りを楽しむ。
たまに鯛が釣れたりするのだが、父が大漁賞、大物賞、珍魚賞など賞金を出してくれるので兄妹対抗大いに盛り上がったものである。
お昼前に、無人の砂浜沖に碇をおろし船頭さんが料理をしてくれている間、子ども達は水着に着替え、泳いだり、浜辺でスイカ割りに興じる。
漁師料理の昼飯ができると、泳いで船に戻り、どんぶりに釣れたばかりの魚の入った吸い物、刺身、きゅうりの入った酢の物が定番で、海水で磨いだご飯の旨かったこと。
食事が終わるとまた、船を移動しふたたび釣り。3時頃には港に帰る。
お得意さんの乗った船の常連に料理屋の美しい女将さんがいたりして、幼心に胸をときめかせたものだ。
今思うと、なんと、贅沢、芳醇な時間だったのだろうか。
確かに、あのころ、まちがいなく楽しい家族があった。

父が亡くなってもうすぐ4年。
2年前の夏、体が弱くなった母と兄妹、子ども孫、総勢14人で、船釣りを楽しんだ海に近い中島に1泊旅行をした。目をつぶると母のうれしそうな顔がうかぶ。
その母も寝たきりとなり、今日もやすらかな1日でありますよう。と祈るしかない状況が続いている。


「諸行無常」ヲかみしめる。


母の日に、仕事にでてきたのですがカンツオーネを聞きながら、思い出にふけってしまいました。忘れないようにブログに遺して置くことにしましょう。



気を取り直して、伊丹市中央公民館主催の現代課題セミナー「その日に備える」(全5回)の講演資料作りに着手します。
そう言えば、市の担当主査からセミナー参加者にまだ余裕があるとのメールが届いていました。紹介してくれとも。
興味のある方はご参加下さい。来てよかったと思えるよう頑張ります!
セミナー
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手元供養展in多摩は今月末開催です。

長かった連休も今日が最終日。今日はすがすがしい気温、すみきった青空。水音の環境音楽を聴きながら久しぶりのブログを書いてます。
連休前半では、知り合いの歌人宅で古の京都の話や写真を見せてもらい酒宴に酔い、連休後半では現代アートの作家の竹林で筍パーティ。新緑でみずみずしい大原で療養中の友の見舞い。
たっぷりプライベートな時間をすごしました。

いざ、今日から仕事モードに切り替えです。5月28日から伊丹市で「その日に備える」と題した1時間40分のセミナーが4回、6月25日までほぼ毎週あります。参加してよかったと思ってもらえるよう準備しなきゃー。です。

5月31日、6月1日と「自分らしい葬送を考える企画展 ’08手元供養展in多摩」では、NPO手元供養協会会長として開催準備や、初日「手元供養とは」の講演もありこちらの準備も。
しかし、手元供養展も今回で11回目。回を重ねる毎に内容も充実してきています。今回フォーラムの講師陣は、生前準備から供養まで新しい葬送分野の日本を代表するリーダーばかり。みなさん趣旨に賛同しボランティアで講演を快諾いただきました。ホントウに感謝感謝です。

こんなすごい企画展が無料。あり得ない!
このブログを見た方で葬送で悩んでいる知り合いの人がいたら是非教えてあげて下さい。

さてそろそろパワーポイントと格闘開始です。

今日の一枚は筍パーティで宮川町の舞子はんと幸せなひととき。ごめんなさい。


筍パーティ080503

手元供養展in多摩
プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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