手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

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ある寒中見舞い状

今日は、今年一番の寒さとか。京都も粉雪が舞いました。


NHKの村上信夫アナウンサーとは、以前ラジオ番組でインタビューを受けたご縁で、思いつくとたまにメールの交換をしています。
村上さんは、昨年10月大好きだった父君を亡くされました。寒中お見舞いの葉書に1年間続いた父・息子の葉書通信のことが書かれていました。ある時、この中で、父から息子への言葉

  人に接する時は、温かい春の心
  仕事をする時は、燃える夏の心
  考える時は、澄んだ秋の心
  自分に向かう時は、厳しい冬の心
と、書かれてあったそうです。


10年前で村上さんがまだ40代、男盛りの息子へのメッセージ。
父君は当時73歳、戦争を含め人生のさまざまな経験をした人生の先輩として、愛する息子に慢心することなく不断の心構えを書いたものだったのでしょう。
今、担当の「ラジオビタミン」の相方 神崎ゆう子さんも村上さんの紹介で「何よりも優しい方です。」と書いています。
この寒中お見舞いの葉書を見て、夏・秋・冬の教えは人に見せず、明るく温かく振舞う村上さんの人柄が見え、納得できました。きっとこの父君の言葉を大切に実践していらっしゃるのでしょう。


私も、カクアリタイ。と強く思った年の初めでした。




我が家の手元供養

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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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