手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

ある仏壇店 店主への手紙

今朝、出かけに田植えをしている人の姿をみました。水田にはすでに水が張られ元気な苗の束がさわやかな風と共に、私に元気をくれました。感謝・感謝。

さて久しぶりのブログです。今年は正月、4月と2人の息子の結婚式があったり、平野神社でのお花見や竹林での筍パーティ、など私的な行事も多く、筆不精の私はなかなかブログが書けず。気がついたらもう5月も終わりが来ようとしています。

この間、もちろん仕事もしています。だいたい週に2,3人の人から葬送についての悩み相談を受けます。手元供養したいのだけど、今あるお墓の整理や残るお骨をどうしたらいいの?お金がかけられない。どんな方法がある?散骨はどうしたらいいの?などなど。

ご老人とお話をすると、老人仲間が集まっての話題は、始めは趣味や旅行で盛り上がるそうですが、最後は病気・医療制度、年金そして葬儀・お墓の話になるのだそうです。
病気・医療制度、年金については、新聞やテレビ、公共機関でよく紹介されていて知識もあるようですが、葬儀・お墓の話になると経験以外情報も少なく、はてさてどうしたものか?困っているようです。
マスコミが扱う一般葬儀は、全国平均230万円とか、新しくお墓を買うと郊外の霊園でも200万円からとか合わせると500万。大変な金額がかかることになります。でも、やり方によっては、お金をかけないで50万以下で葬儀・供養は可能です。そういう情報はあまり知られていません。

そういえば、昨年、伊丹市の中央公民館でエンディング「備える」の4回連続講座でお話ししましたが、60,70代の人生経験豊富な受講者も葬儀・お墓の知識が乏しいのに驚かされました。

そして、このような人が大多数だとすると、葬儀や仏壇、お墓をビジネスにしている人の前では、いかに無力で言いなりか・・? と不安に思ったものです。
漠然とした、自分の思いや聞きかじりの知識では簡単に論破・諭され、心ならずも誘導されることになります。大敵は「みえ」と「世間体」ですヨ。そうしたい人は別にいいのですが・・。

後悔しないためにも、自分の思いを実現するためにも、最新の正しい知識を身につけましょう。


今日は、手抜きですが先日、手元供養をしたいが悩んでいるという方から相談を受け、仏壇店の代表者にお送りした手紙を掲載します。


【ここから手紙の抜粋】

突然のお手紙で恐縮です。

以前、私が会長を務めるNPO手元供養協会主催の「自分らしい葬送を考える企画展」の折、名刺を交換させていただいています。

そのご縁で、厚かましくお手紙をお送りさせていただきました。

さて、今日なぜお手紙を差し上げる気になったかですが、昨日、御社のお店でお仏壇を買われた方から電話でご相談をお受けしました。

お母上が亡くなられ小型の仏壇を買われたそうです。お墓への納骨に合わせ一部を手元供養としたいと思われたそうですが、店員の方から残していても1年後にはお墓に戻さなければいけないと言われ悩んでお電話をいただきました。
この方は、とくに仏教を信心されている方ではありませんでしたが・・・。

供養の習俗は、宗派や地域によってずいぶん違います。ご案内のように、お骨ひとつとっても、関西では火葬のあと部分拾骨で分骨は抵抗感なく、喉仏など本骨を小さな骨壷に分け仏壇の中において置いたり本山納骨したりしています。

昨年、5月の毎日新聞の調査によると、今の日本人は、何かの宗教を信じている人は26%にとどまり、信じていない人が72%に上るそうです。ただ、宗派などを特定しない幅広い意識としての宗教心について聞いたところ、「日本人は宗教心が薄い」と思う人が45%、薄いとは思わない人が49%と見方が大きく割れ、先祖を敬う気持ちを持っている人は94%に達し、「自然の中に人間の力を超えた何かを感じることがある」という人も56%と多数を占めています。

多くの日本人は、特定の宗派からは距離を置くものの、人知を超えた何ものか(自然や両親の霊と思われます)に対する敬虔さを大切に考える傾向が強いようです。手元供養をされる人は、このような人と思われます。


日本人の、死生観やお骨に対する意識もここにきて大きく変わってきていると思います。いや、戦後60年余り経って社会制度としての仏教の縛りから開放され、古来からある日本人の死生観である神道・アミニズムへの先祖還りでないかという気がしています。

私が申し上げたいのは、御社の店員の方の説明は宗教に沿った一つのアドバイスだとは思いますが、現代人にとっては、ワン・オブ・ゼムである点です。
それによって故人を偲びたい自然な遺族の心情を悩ませていることはありませんか?ということです。



人間にとって、大切な人、最愛の人に死なれるほど辛い、悲しいことはありません。ときには、残された人の、その後の人生を大きく変える事もあります。大切な故人と一緒に喜び、辛い時は励ましてもらいたいものです。
これらの感情は、理屈ではなく自然な心の在りようだと思います。供養は、元来 勝れて人の心の問題です。

かけがえのない人や恩ある人は、身近で日々偲びたいし、成仏してほしいと願う。手元供養は、故人との心の交流のための偲びや祈りの対象です。


手元供養と従来のお墓や仏壇は、敵対するものではなく供養の心を補い合うものと考えています。実際、博國屋の手元供養品を買われた方の6割は仏壇、墓の両方を持ち26%はどちらかを持っていました。

○○さんには、供養を通して社会に貢献する公器として傷心の遺族に対し寄り添う広い心をお願いしたいと思いお手紙を書きました。

5月に「自分らしい葬送を考える企画展」の多摩フォーラム講師が各章を執筆した本が三省堂から出版されました。本の名前は「自分らしい葬儀とお墓の全てが分かる本」です。私も第8章を執筆しています。興味のある方はご一読ください。
博國屋新着情報 http://www.hirokuniya.com/

今日の写真
今、博國屋周りを生活の場としている可哀想な、でも可愛い野良猫「白」「黒」「花子」に朝夕餌をやっています。今日はそのうちの一匹「白」です。彼は飼われていた猫のようで人懐っこく、他の2匹に餌を残してやっています。私は餌をやり癒しや優しい気持ちをもらっています。

野良猫「しろ」


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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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