手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

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お墓を持たない選択!

12月に入って、NPO法人「福祉マンションを作る会」主催の横浜セミナーで「自分らしい葬送を考える」をテーマにお話しをしました。

70・80台の方が多い集まりでしたが、質問の中心は仏壇やお墓の悩みでした。一人息子の嫁も一人っ子や長女で家には宗派の異なる2つの仏壇、2つの家墓があり、今は何とか面倒見ているが私が死んだらどうなるか?2つの遠く離れた宗派の異なる檀家寺のこと。保守的な親類のこと。子どもがこのまま2つの檀家を引き継げるのか?どうしたらいいか方法が見つけられないまま問題の先延ばしをしている。とのこと。深刻だ。
自分は2男でお墓を持っていない。お墓は買わないつもりだが、じゃあ遺骨はどうすればいいのか? お墓を買ってしまったが、子ども達は面倒見てくれそうにない。困った・・。

一昔前まで、お墓を生前に用意しておくことは子どもに安心を与えるものだったのに、今やお墓を持つことは、厄介な荷物を子どもに背負わせることになってしまっているようだ。

時代に合わない伝統やしきたりが老後を苦しめている。だったら、仏壇やお墓をもたない選択も考えてみたらいいのにと思う。


私がおこなった手元供養や散骨・本山納骨などの供養や納骨法についてお話ししたところ、継承者に不安を持つ人には、墓以外の選択にもなると、これらの供養法を知らない人から感謝されたが、今回も「子どもに迷惑をかけたくない」という親の気持ちを実感するセミナーとなった。

帰り際、ある老人から今日のような相談、誰に、どこにすればいいのか分からなく悶々としていた。今日はありがとう。と言われた。


あぁー。横浜まで来てよかった!



もう一つ、関西学院大で開かれたシンポジウムの報告。心に響く、感動した濃い3時間余りを持てました。今回の企画をして頂いた関西学院大、朝日新聞に感謝・感謝。

特に心に残ったのは、「おくりびと」の原作者青木新門さんの満州での終戦当時3歳の妹の遺骸を火葬を信じ石炭置き場に運んだ体験や、41歳大腸癌でなくなった愛する夫との闘病を綴った「河辺家のホスピス絵日記」著者河辺貴子さんの10年経って夫の死に馴染んできたが、今でも仲の良い中年の夫婦を見ると悲しみがよみがえる。彼は、私のそばで見守ってくれていると信じていて、それだけに今、一期一会を大切にしている。という言葉でした。


本当につらい人生経験は、人を温かくやさしくするのか?矛盾があるから、弱いから人間なんじゃないかな?
知識の体系化や整理された言葉は、共感や人の心を突き動かさない!と感じたシンポジュームでもありました。



横浜でのセミナー風景

講演風景
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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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