手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

手元供養品はあたたかな心をつなぐ商品であってほしい

博國屋が手元供養品を世に送り出して8年と5ヶ月になります。

先日、同じ頃手元供養品を送り出した代表者2人と一緒に飲む機会がありました。
今でこそ「手元供養」は現代用語辞典にも載り新しい日本の供養文化として紹介されていますが、当時は手元供養が海のものとも山のものとも解らない時代で、その頃の悪戦苦闘や噴飯ものの懐かしい話しに花が咲きました。


そのうち、一人がぽつんと「最近、情熱が冷めてきた」
どうした?とたずねると、自分はこれまで利用者へ思いを込め商品開発をしてきたつもりだが、最近お骨を入れる機能を持っただけの工業製品やローコスト重視の商品が手元供養品と称して類似品も含め大量に出回るようになり、競合も一段と激しくなってきた。知らず知らずその風潮に巻き込まれている自分に気がつき面白くなくなった。と言うのだ。
彼は今、永代供養を願う人とお寺を結ぶ手元供養を新しい情熱の対象として模索している。

世の中目先の利いた人が、これは商売になると思うとどっと出てくる。仕方のないことだと思う。
私は、たくさんの手元供養品が生まれることで手元供養が広がると期待もしている。
そのために、あえて「手元供養」を商標登録しなかったのだ。
しかし、手元供養品は手元供養という文化の背景を理解して作ってもらいたいと切に思っている。
なぜなら、手元供養品は単なる商品ではなく心を繋ぐ商品であるべきだから・・・。


拙著「手元供養のすすめ」本にも書いたが、
『手元供養は故人の成仏を願う気持ちだけでなく、遺された人たちにとっても、故人に感謝し、偲ぶことで、故人のぬくもりを感じ、それにより癒され元気をもらう“心の拠り所”として存在する。
逝く人と残された者。供養の対象を求める人は百貨店や専門店で洋服を買うような訳にはいかない。それは、かけがえのない人に向き合う対象だから。
手元供養品を求める人の中には、長い時間をかけ、心の整理をした上で来られる方もいる。
故人そのものであるお骨を対象とする手元供養品はその人の身代わりとなり、逆の言い方をすれば、その人の身代わりが欲しくて手元供養品を購入するのだ。』


手元供養品は、売買される商品である以上、手元供養品メーカーは切磋琢磨しユーザーのニーズに的確に応えることが求められる。
博國屋の手元供養品は全て長い時間を掛け試作を繰り返し完成したものばかりです。
デザインばかりでなく根竹や天然の銘木、陶器・磁器など素材にもこだわり製作していただく匠にもこだわった品ばかりです。ですから、博國屋の手元供養品はオリジナル性が高く類似品がありません。


帰りの電車の中で、私を含め博國屋は営業経験のない者ばかりで、お商売も下手だが実直に「あったかい心をつなぐ手元供養品をおくりだす」を社是としており、この思いを大切にこれからも研鑽し進んで行こうと決意を新たにした。
やさしさと品質で選べば博國屋!と言っていただけるようこれからもがんばります。

当時六甲アイランドに勤務し人の世の無常を感じた阪神大震災を忘れないため、15年目の2日前に神戸を訪れ当時を思い出しながら長い時間歩きました。
今日の写真は、その時訪れた「メモリアルアートの大野屋三ノ宮店」美人でやさしい店長藤原さんです。

人はやさしさにふれるとホッとします。


藤原店長
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おじいちゃんの供養

先週土曜日、仕事で会社に出ていたら博國屋に福岡出身の京都の大学に通う若者が訪ねてきた。
ホームページを探して博國屋に辿り着き、ネット注文をしようかと思ったが、ミニ骨壷の実物を見てみたいということだった。

話しを聞くとおじいちゃんの死は突然で、おじいちゃんを火葬しお骨を分けてもらったのが前の日という。長患いではなかったせいかプラスチックの弁当箱に紙を敷いて、きれいでしっかりした脛の骨や指の骨が置かれていた。


お父さんは若くして亡くなり、おじいちゃん子で思い出もたくさんあったのだろう。


お骨は、なごみに入りきれない程の量があり紛骨にすることも検討したがなごみにはお骨のままで納骨し、残りは紛骨し帰省の折おじいちゃんの古里 五島列島の海に散骨することとなった。


私は、「これで、おじいちゃんも君と一緒にいられ、一部は古里の海に散骨してもらえればきっと喜ぶよ!」


その時の清潔でうれしそうな顔が忘れられない。


日本にもまだこの青年のような純真でやさしい心を持った若者がいることに心が洗われるようだった。

いい休日出勤となった。
プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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