手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

いつから日本は

団塊世代の私は、小さいころから「清濁併せ持つ懐の深さこそ大人(たいじん)に求められる資質である。」と教わってきた。
長年の自民党政権に倦み、この20年ほどの間に日本を二流国としてしまった政官財癒着の中で無責任で閉塞感ばかりが漂う日本の現状。
そして、昨年夏の雪崩を打ったような選挙の結果、民主党政権が生まれて半年が過ぎた。
まだ半年なのだ!
政権党1年生の民主党に、安定感を求めるのは無理であろうがそれでも事業仕分けや、幼稚園・保育所一体化への取り組みなど明らかに自民党政権とは違う政治の進め方に清々しさを感じるのは私ばかりではないだろう。

今、問題になっている「政治と金」のことも大切だろう。新聞もテレビも毎日のようにこのことに大きな紙面と時間を割いている。大切な公共財であるメディアの浪費としか思えない。他に取り上げるべきテーマがあるのではないか?このようなメディアのナルシシズム、傲慢が続くと国民から見放されかねないと心配している。


今、本当に大事なことは何なのか?


将来の日本を背負う子ども達は、親という鏡を見ながら知らず知らずに情操や人格を形成している。その親達(家族・家庭)は、将来に不安を抱えながらの生活。そして、本来あるべき自然な子ども達の姿が見えない。子どもがイキイキとした目を取り戻し元気に遊ぶ日はいつ来るのだろう?


国を構成する社会の基本単位は、家族であり家庭です。勤勉な日々の仕事が出来、安心で温かな家族でありたい。


小さなことかも知れませんが、私達 博國屋は、手元供養を通じ、国の基本単位であるその家族の温かな心の絆を大切する心のお役に立ちたいと願い今日もがんばっています。
小さなことも、集まれば水滴が川となりやがて大海となります。

個々の家族が心温かで、他人にも思いやりを持てる「希望と安心の全体システム」を提示し具体化することに政治の要諦があると思います。政治にもがんばってもらいたい。

過度の清潔を求める人は「潔癖症」という精神の病気の持ち主でもあるのです。
昔から沼地の泥を滋養として咲いたハスの花は美しく仏像の台座、極楽の風景を作ってきました。
また、魚は清流には住めないと言います。

清濁併せ持つ。
相田みつをの「人間だもの」の声が聞こえるようです。


小沢一郎と言う稀有の政治家。大鉈を振るえる重石を失った民主党に、本当に期待できるのか?
心配でならない。



納骨オブジェ「おもいで碑」地蔵01
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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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