手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

逆縁(ぎゃくえん)

今日も京都は雨。
天候不順に三寒四温が重なり、暖のいる一日のはじまり。

私の通勤路に好んで通る道がある。両側に田んぼが広がる2キロほどの道だ。春は菜の花、5月の連休頃は田植えされたばかりの早苗、夏には稲がぐんぐん育ち緑の絨毯に、秋は稲穂が黄金色の実をつける。そして冬は刈り取られ地肌となる。
そう、毎年、毎日、季節の移ろいを感じさせてくれる大好きな道だ。


この田んぼ道の中ほど、電信柱の下にネスカフェの瓶にいつも花が添えられている。いつからか思い出せないほど、もう何年も前から。

私は毎日この花を見て心が引き締まり亡き母を思う。

何時来てるのか花を替えている姿を見たことはないが、寒い冬も暑い夏の日にも1年中 菊の花が絶えることはない。きっとこの花はお母さんがこの電柱に衝突し亡くなった息子の霊を慰めるために毎月命日に供えているのだと思えてならない。月ごとに花を換えに訪れる母の胸に去来するものは・・・。胸塞がれる。

親より先に逝く(順番が違うということで『逆縁』と言う)ほどの親不孝はない。



博國屋にも、逆縁の親ごさんが手元供養をもとめによく訪れる。

お話ししていると思い出すのか、こみ上げるものがあり言葉に詰まる。「この世に子どもを亡くすほどの悲しみはない」と、何かで読んだ記憶があるがそうなんだろう。と、つくづく思う。



田んぼ道に花を供えるお母さんも、手元供養となって帰ってきた子どもに会えればどれほど慰められたか?
手元供養の力は大きい!教えてあげたい!と、雨の中、今日もまた思った出社でした。






今日の写真は、1ヶ月前に撮ったその供養花。

お供えの花
スポンサーサイト
プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

リンク
最近の記事
カテゴリー
月別アーカイブ