手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

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お爺ちゃん元気で!



午前中、寒い中83歳のお爺ちゃんが博國屋を訪ねて来られました。

このお爺ちゃん、半年あまり前に杖をつき、おぼつかない足取りでこられました。

今月21日が奥さまの1周忌とか。

この前来られた時、末期がんで亡くなられた奥さまのこと、終戦時広島で化学者を目指していた学生時代のこと、大阪や京都での高校教員時代のこと、そして退官。大山崎を終の棲家として暮らした二人の穏やかな日々のお話されて帰られました。
最愛の奥さまをなくされ、葬儀後の悲しみの中で家に閉じこもりが続いた後、やっと外に出られるまでになったのでしょう。お爺ちゃんのこれまでの人生を、思いのたけをやさしい口調でしたが、ほとばしるように語られました。(何か私の記事でもご覧になったのかな?何で私のところに?)
子どもたちも独立し、一人暮らし。時々様子を見に来てくれる娘さんに感謝しながらも、きっと寂しいんだろうなぁ・・・。
帰りは少し元気になっていました。
よく分からないけど、話し相手になることができよかった!
自分ができなかった身代わりの親孝行。


仏教で言う「功徳」ってこんなことかな?
そんなことを思った1日でした。



そして今日、そのお爺ちゃんが、22日の納骨を前に、少しでも奥さまの遺骨を手元供養に置きたいと「かぐや姫」を買い求めに来られました。


奥さまが亡くなられ元気だったからだは急速に衰弱し、杖の助けが必要だった足腰も、この半年のリハビリでゆっくりだけど熊野古道の旅ができるようになったとか。

かぐや姫となった奥さまと一緒に熊野古道の旅を元気につづけてほしいと願わずに入られませんでした。




博國屋のかぐや姫

かぐや姫
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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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