手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

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協会レンタル制度活用で終活セミナー好評。

終活セミナー受講風景
今年度から、協会では約60点にのぼる手元供養品の無料貸出しを始めました。
利用者は、送料のみの負担で様々な活用が可能となります。

6月18日には、公益社(京都)は、就活セミナーでこの制度を活用されています。
参加者に好評とのことで、新制度になって3回目。
画像をご覧ください。



IMG_5479.jpg
レンタル手元供養品展示
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事務所の引っ越し

山崎がお付き合いしているみなさんへの手紙

13年住み慣れた南区吉祥院の事務所から京都の町中(寺町通り)に移転して1ヶ月がたちました。
立地の違いを5感で感じている日々です。街づくりプランナー時代の血が騒ぎます。

お金がないので、テラコッタの床タイルと漆喰壁、天井のペンキ塗りはアルバイトを使い2週間かけ自分で改装しました。味(?)のある事務所空間となりました。
かなりの肉体労働で4kgほど痩せましたが至福の時間でした。ぜひご覧ください。
云い忘れていましたが、築43年、エレベーター無しの4階です。人生(年齢)を噛み締めながらお上がり下さい。

現在探検途上ですが、近くには個性的で美味しいお店が数多あり、体型の危機に瀕しています。
移転を機に、電動アシスト付き自転車を購入しました。丸太町通り橋西詰めを鴨川に降り4条辺りまで川辺をヨロヨロサイクリングしています。若年・老年カップルやカルガモが岸辺に上がり散歩している様は、ついぞ、天神川では見かけなかった風景です。しばらく梅雨空が続いていますが、今の季節、川面をわたる風は気持ちいいですね。

先の土曜日には、友人の山崎正史さんが大阪府教育委員会賞を受賞した作品を見にこのチャリで京都市美術館に行ってきました。岡崎も今や我が庭です。

事務所は4階ですが、5階の専用屋上から東大文字や比叡山が望め、その開放感たる也!
ここで飲むコーヒといっぷくの煙草は最高です。そのうち、ビールも用意しておきます。
会社の電話番号は、075-257-7838に変わりましたが、携帯番号は変わっていません。
お近くにお越しの折はお気軽にお立ち寄り下さい。
屋上からの風景

ドキュメンタリー映画「ナオトひとりっきり」のご案内

親愛なるみなさまへ

友人の中山さんから下記のメールが届きました。

原発事故から4年が過ぎ、あの頃の強烈なショックから、
それぞれ自分(人生)を改めて考えるきっかけとなった人も多くいるのでは?

忘却は、悲しみを癒やす時間薬として人に与えられたすぐれた生理機能とも言えますが
時々は思い出し、噛み締め、忘れてはいけないこともあるように思います。

昨今の、安部首相の戦争も辞さない強引て性急な法改正の動きも、右翼(天皇崇拝・日本人
の矜持)を自認している私にも下策の行為と映ることがあります。
力には力で、対抗しなかった「宋」や「江戸幕府」の時代、文化・芸術は爛熟しています。

オープンになった情報だけでない、知らされていない情報があるのかもしれませんが・・・。

日本人の花鳥風月を愛で、自然とともに暮らす生活を孫や子供に引き継ぎたいと願っています。

日々忙しく動かされ流されている私も、たまにはこんな映画見てみたいと思いました。

ご案内いたします。

今度、6月20日(土)から私が福島で撮影したドキュメンタリー映画「ナオトひとりっきり」が
京都立誠シネマで上映されます。

「ナオトひとりっきり」は、原発12キロの富岡町に一人残って動物たちと生きている松村直登さんを一年近く追った映 画です。放射能汚染されていても、そこに生きるいきものたちの命は穢れないものなのではないかという問いを胸に、一 人で一年近く通い続け、誰もいなくなった町に生きる一人の男性と、残されたいきものたちの生死を見つめました。映画 ホームページ:http://aloneinfukushima.com

21日(日)の午前11時20分の回の上映後には林海象さんと対談します。
http://risseicinema.com/movies/10570

もしよければお友達やお知り合いに広めていただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

中村真夕


山崎譲二拝



プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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