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ベナレスの砂

今日、友人から小包が届きました。感動の贈り物です。

15年ほど前、インドに旅したことがあります。インドはすべてがふしぎなところでしたが最も印象深く、心を揺り動かされた地が「ベナレス」でした。
ベナレスの町は、ガンジス河中流域の河畔にあり最高の神「シバ神(創造と破壊の神)」の棲む時空を超えた特別な聖地として古くから崇められてきました。


殆ど知識を持たないままベナレスを訪れた私は、町を散策したり沐浴したり、ほとんどの時間はガート(河畔の階段)で過ごしましたが対岸にも船で渡りしました。

そして不思議な感覚にとらわれました。それは、此岸(現世=ベナレスの町)と三途の川(ガンジス河)そして対岸(人工物の一切無い砂浜と森)が彼岸というものでした。

なんで?
私が見たベナレスの町は、清と濁、美と醜、善と悪、富と貧、賢と愚といった両極が自然に混在し生活が営まれている混沌とした町でした。まさにこの世が凝縮した町だったのです。三島由紀夫の豊饒の海でも語られていますね。
来世もマハラジャ(カースト制度の高位)を願う彼らの立派な別荘と貧しい家が、絹のサリーを纏った色白でふくよかな人達と汚れた木綿を身に纏った裸足で日焼けした痩せた人達が、町中にたむろする野良牛やサル、キジなど自分の来世(ヒンドゥーでは輪廻転生は人間には限らないと考えられている)に関わるものへの寛容が…、喧噪の中で不思議な風景でした。

ガンジス河に突きだしたガートには、沐浴する人、一心に祈る人、人、人。インドでは死により魂は来世へ旅立ち、肉体は母なるガンジスに帰ることが幸せとされているそうです。

私は、この時、船で対岸に渡りました。彼岸は現世の喧噪で混沌とした町とちがい静かで美しい砂浜の河辺だったことを憶えています。

先月、インドに行くという友人にお願いしてこの対岸の砂「ベナレスの砂」を持ち帰ってもらえないだろうかとお願いしました。
今日それが届いたのです。

友人からベナレスの砂に添えられた言葉は「何億という人々、何世紀もの大自然の輪廻の過程に洗われた貴い砂。」というものでした。この繊細でやさしい色のベナレスの砂をながめていると「神聖なる砂」を実感します。
今日は、このブログに出会った貴方に、友人に同行しガンジスの河に帰った地蔵さんの写真とともにシバ神の棲むベナレスの聖なる力をお裾分けいたします。


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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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