手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

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やっと梅雨が明けた!



今年は、祇園祭り宵山の夕べ、雷とともに京都の梅雨はあけた。京都では正しい夏の到来だ。

7月に入り博國屋は、2週連続で横浜、東京と大きなイベントに初参加しました。おかげで、還暦の身体のあちこちがミシ ミシと唸りを上げています。


日頃お世話になっているあの人この人、久しぶりの人、メールや電話だけで始めてお目に掛かる人、業界の重鎮やベテラン、若い人などなど、ほんとにいろんな人とお話ができ有意義な時間を過ごしました。
文字や画像の情報とは違い、五感フル稼働のコミュニケーションはいろんな示唆に富み脳味噌を活性化してくれます。感謝感謝です。


博國屋の手元供養品を知っていただこうと、たくさんの来場者に話しかけました。その中に和歌山から来られた葬儀社を営むご夫婦がいました。それとなく傍に立つ旦那さんと、食い入るように話を聞き地蔵さん(手元供養品)を手に取る奥さん。そのうち目頭に涙が、最近息子さんを亡くされたのだと最後にぽつんと話してくれました。仕事で新商材や業界情報を得ようと来たはずが・・・。

同じ日、ある人から名古屋にあるお寺の住職さんの話をお聞きました。お寺の宗派は、故人に未練を残さず阿弥陀に縋れと説く真宗のお寺さん。この住職も、最近お子さんを亡くされ納骨できず手元供養品をそばに置き毎日お話されているとか・・・。

大切な人を亡くされた人にとって、故人そのものである遺骨は手放せない、側にいてもらいたいものだ。これは、経験者しか解らない感情だろう。理屈ではないのだ。

博國屋の手元供養品は、まさに心の商品なのだ。



忙中閑有り。いや時間を無理やり作ったのだが、六本木の国立新美術館で開かれている「オルセー美術館展」を見に行った。印象派の代表作、名品の数々数がこれでもか!と展示されていた。
大満足の90分!頭は茫洋とした興奮。足はがくがく。やたらのどが渇いた。
大感動のアンリ・ルソーを。





蛇使いの女


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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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