手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

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お墓は、要らない。

7月23日学研新書から高橋繁行著「お墓は、要らない」が発売された。

4月14日、高橋さんが博國屋に取材に来ました。高橋さんは1954年生まれで私より5歳若い。
はじめ、ルポライタ―という肩書きに??とおもったけど話してみると、葬送研究者として深い知識を持っていて、ライフワークとして近畿圏の古い風習の野辺送りの葬列や古い集落墳の調査など、ちょっと変な人だけど研究テーマに取り組む姿勢に好感を覚え気がついたら2時間余り話しこんでいました。

古い野辺の苔むした墓の風景が好きな高橋さん。時代の必然を読み解きながら、多くの取材を通して、彼なりの頭の整理・醗酵させ、生み出されたのがこの「お墓は、要らない」なのでしょう。

それにしても、送られてきた本の第1章の頭で私の名前が登場したのには驚きました。しかも、10ページを割いて。
彼なりの、この本タイトルの一つの結論、典型(モデルケース)として掲載されたのか・・・?
正しくもあり、正しくもなし・・。自分のことを、人が語る、文章は複雑な気持ちである。

最近話題となった島田さんの「お葬式は、要らない」そして、一条さんの「葬式は必要」。

そして今回高橋さんの「お墓は要らない」次には「お墓は必要」となるのだろうか?

日本の葬送が大きく変わってきている。深く考えず、お墓に200万をかけようとしていた貴方の意識が、この700円の新書を読むことで大きく変わるかもしれない。



明日は、酷暑の京都を抜け出し息子のお嫁さんのご両親と涼しい(?)はずの六甲山の山荘に行く。秀吉が愛した有馬の湯も久しぶり。
それにしても、親譲りの温泉好き。血は間違いなく私へそして子供たちへ繋がっているようだ。




私の元気の源

譲二の手元供養
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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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