手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

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誤解を恐れず緊急メッセージ! 手元供養で癒しと心の支えを!

誤解を恐れず緊急メッセージ!
火葬された遺骨は少しでも持ち帰りましょう!
手元供養で癒しと心の支えを!

今朝のニュースで、今日から身元不明者の土葬が始まるそうです。それぞれにそれぞれの人生があったはずです。愛する人も・・・。哀しすぎます。
東北関東大地震や大津波で、大切な家族を亡くされた方、その周りの人に呼びかけます!


火葬ののち、49日を過ぎても気が済むまで墓に納骨する必要はないということ。

東北地方の火葬場は全骨拾骨する風習がありますが、お骨は全て持ち帰る必要はない!

ご遺骨やご遺髪など故人を偲ぶモノを傍に置いておくことはグリーフケアに大きな力となります!


供養は誰のためにあるか!

生きている人のためにあると思う。

それも、心が弱っている時はなおさらです。

気が済むまで、そばにおいて故人を偲び、心の支えに!


1.今回の東北関東大地震や津波で被災し、大切な家族や全財産を失った人も沢山いらっしゃいます。
被災者は皆、悲しみの後、明日の生活に大きな不安を抱え、夜も欝々として眠られない状況にある人も多いことでしょう。私も、16年前の阪神大震災で人生を狂わされ大きな変化を余儀なくされた一人です。

遺族の周りの人に申し上げたい。そんな心の弱っている人に、「火葬ののち、49日が過ぎたら墓に納骨しなければならない!」と言うような言葉は慎みましょう!!気が済むまでそばにおいてあげればいいのです。
こんな時、平時の世間の常識、しかも心ではなく形式やしきたりにこだわる必要はない!
と私は言いたい!

2.お骨は全て持ち帰る必要はありません。故人への思いはすぐれて心の問題だと思います!
実際、関西は部分拾骨が基本で直径6cmくらいの小さな骨壷に入るだけ拾骨する人も沢山います。関東や東北地方では、全骨拾骨が通常で嵩の張る20cm程の骨壷を持ち帰ることとなるらしい。
しかし、このような状態で大きな骨壷は、家墓がない場合お墓の新設で心の負担をさらに重くする可能性があります。(最近、関東でも部分拾骨を受け付けるところも出てきています。今は非常時です。火葬場で職員さんにお願いしてみましょう)

亡くなった故人の全骨でなくても、遺骨の一部であっても間違いなく故人でありその象徴なのです。
人は、死によって実態のあるものから抽象的なものへと変っていきなす。お骨の一部であっても大切な故人として祀り感謝と安寧を願うことは出来ます。私はそれで充分だと思います。

言いたいことは、一部であってもお骨は大切な故人の偲びの対象となります!
私は、少しでもいいからお骨を火葬場から持ち帰ることを大声で勧めたい。心の負担にならない一かけらでいいから!

3.手元供養を提唱し阪神大震災の傷跡も残る7年前、葬送業界の常識、世間の常識の壁と戦っていた頃、コープ神戸の葬祭部門の担当者と会う機会がありました。当時は手元供養という言葉は知られていませんでしたが、多くの被災組合員の家族から遺骨の収まる供養の対象はないかと相談を受けていたという話をお聞きしました。被災者から手元供養が必要とされていたのだと思った事があります。

博國屋で、手元供養を始めて9年になります。今までに約5千人の許に手元供養品をお届けしています。

手元供養されてる方から
「心の支えとなっています」
「毎日、話しかけ心が安らいでいます」
「故人がそばに居てくれているようで寂しくありません」

といった言葉を数多く頂いています。

手元供養にはそれだけの力があります!


今回の災害で天寿をまっとうできず、あなたの大切な人を失ったご遺族に申し上げます。あなたの傍にひとかけらでもいいからご遺骨を。きっと故人があなたを守ってくれます。

あなたには、生きる希望を!亡くなった人の分まで幸せを!そして長生きをしていただきたい!
切に切に願っています。みんな、みんな応援しています。

                           
                                        平成23年3月21日
                                       博國屋店主 山崎 譲二


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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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