手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

手元供養のひろくに屋

沖縄のお墓(本部・瀬底島)

40年振りの沖縄。学生時代鹿児島港から1万トンの船に乗って返還直後の沖縄に行きました。その頃の沖縄は、まだ車は右側通行でした。今のような高層ビルやハイウェィもモノレールもなく、那覇都心部も赤瓦に白の漆喰屋根が多く、スカイラインが低くのどかな街だったのを覚えています。南端 糸満市から名護市、本部半島をレンタカーで。
その風景の様変わりに驚きの2泊3日の旅でした。変わらないのは、白い砂浜に海の美しさと優しい沖縄人の人柄、そこでのゆったりとした時間。
手元供養や樹木葬など葬送の仕事に関わって、沖縄のお墓が本土のものと大きく違う事は知っていましたが、天国のような美しい海辺、瀬底島でそれを見つけました。写真を取りましたので、海辺と合わせて見て下さい。

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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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