手元供養(ミニ骨壷、納骨オブジェ、遺骨ペンダント)で愛する人の分骨を自宅供養 | 手元供養専門店 京都・博國屋(ひろくにや)へようこそ

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沢木耕太郎著「春に散る」

私の好きな作家、沢木耕太郎が初めて手掛けた小説です。年齢が近いせいか、人生晩秋のしみじみと感じるものがありました。
彼の本に出会ったのは、古い話で私が30代前半じゃないかと思いますが、青春時代のユーラシア大陸をバスを乗り継いでゆく紀行記が「深夜特急」というタイトルで、香港からインド、中東を経てポルトガル(大西洋)に至る日々が丁寧に書かれていて夢中になって読んだ記憶があります。
世界への関心は小田実の「なんでも見てやろう」に触発され、学生時代から海外旅行に行きましたが、小田実とは違い沢木のナイーブな感性や人の生き方について随分影響を受けたと思います。
沢木はこの本の中で、元ボクサーの主人公広岡が死期の予感を感じアメリカでの豊かな生活を捨て、生きていた自分(青春)を確認するため日本に帰り、かけがえのない青春時代の仲間とともに次世代の若者に命(夢)をつなぎ死んでいくという話でした。

50を過ぎた頃から生かされている自分に目覚め、両親やお世話になった人達への感謝を自然に思うようになりました。そして、今回のこの本は、「命をつなぐ」がテーマだったと思います。これからの私のレーゾンデートルは、これに尽きるのかと思わせる本に出会えたことに感謝です。

博國屋の手元供養品が命をつなぐお役に立てば幸いなのですが・・・。
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プロフィール

博國屋店主

Author:博國屋店主
セゾンのデベロッパー会社で21年。独立してまちづくり事務所を13年。この間、国内やアメリカやヨーロッパのすぐれたまちづくりを学び、関係する全国のまちづくりに関わってきました。
そんな私が父の死をきっかけに両親の葬送や供養について考えざるをえなくなりました。
葬送について何も知らなかった私が、時代にあった供養を研究し、たどりついた結論。それが手元供養でした。(手元供養は私の命名です)友人清水泰博教授(東京芸大)と1年余り試行錯誤を繰り返し、日本で始めて作り上げた手元供養品が「おもいで碑シリーズ」です。今や「おもいで碑 地蔵」は、手元供養の代名詞に育ちました。

大切な人をオブジェやペンダントにして手元供養しませんか?と、新しい葬送文化を提唱し11年の歳月が流れました。

今では、色々な手元供養品が商品開発され「手元供養」という言葉も定着してきました。ありがたいことです。

博國屋を通して学んだことを’07年には、「手元供養のすすめ」を書き、お墓や供養のことで悩まれている人へと樹木葬や散骨などお墓に替わる新しい葬送情報を利用者の言葉も交えわかりやすい解説書として翔伝社新書から出版しました。

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